はじめに
「就職氷河期だって、仕事を選ばなければ働けた」
そんな言葉を、今でもときどき目にします。
確かに、仕事がひとつも存在しなかったわけではありません。
工場もあった。
建設もあった。
介護も、小売も、物流も、営業もあった。
非正規の仕事だってありました。
だから、
「仕事はあったじゃないか」
と言われてしまう。
でも、私はこの言葉を聞くたびに、ずっと小さな違和感があります。
「仕事が存在していた」ということと、「その人が生活を築いていける雇用の機会が十分にあった」ということは、本当に同じなのでしょうか。
私は、違うと思っています。
私たちは「仕事を選びすぎた世代」だったのだろうか
就職氷河期について語られるとき、
「若者がホワイトカラーの仕事ばかり求めた」
「ブルーカラーなら仕事はあった」
「正社員にこだわらなければ働けた」
といった話を目にすることがあります。
けれど、当時を生きていた人たちの人生は、そんなに単純ではありません。
建設へ行った人もいます。
工場へ行った人もいます。
物流、介護、警備、小売、外食へ行った人もいます。
正社員になれず、派遣やアルバイトを続けた人もいました。
そして、やっと正社員になれたとしても、長時間労働やサービス残業、低賃金の中で働き続けた人もいました。
だから私は、
「仕事を選ばなければよかった」
という一言だけで、あの時代を片付けてほしくないのです。
数字を見ても、「入口」は狭かった
これは私たちの記憶だけの話でもありません。
今回読んだ資料では、1993年から2004年までの11年間について、有効求人倍率の最低値は1999年5・6月の0.46、最高でも2004年12月の0.92だったとされています。
つまり、その11年間、一度も1を超えなかったということです。
有効求人倍率1.0は、簡単にいえば求職者1人につき求人1件がある水準です。
0.46なら、単純化すれば求職者100人に対して求人が46人分程度。
もちろん、この数字だけで一人ひとりの就職活動を説明することはできません。
職種によって違いますし、地域差もあります。有効求人倍率に含まれない求人もあります。
それでも、
「仕事なんていくらでもあった。本人が選んだから就職できなかった」
と説明するには、あまりにも厳しい数字ではないでしょうか。
「選ばなければ働けた」という言葉に抜け落ちているもの
私はここが、とても大切だと思っています。
仮に仕事があったとしても、
「どんな仕事でもいい」
「どんな給料でもいい」
「どれだけ長時間働いてもいい」
「将来につながらなくてもいい」
「使い捨てにされても仕方がない」
という条件まで受け入れなければならない社会を、
「ちゃんと雇用機会があった社会」
と呼んでいいのでしょうか。
人間は、今日一日食べられればそれで人生が終わるわけではありません。
働いて、経験を積んで、少しずつ給料が上がって。
結婚する人もいる。
家を持つ人もいる。
子どもを育てる人もいる。
老後のためにお金を残していく。
そうやって何十年という人生をつくっていきます。
就職氷河期の問題は、単に、
「20代のころ就職活動が大変だった」
という昔話ではないのだと思います。
最初の数年間のつまずきが、その後にも続いてしまった
新卒で入った会社で経験を積む。
少しずつ仕事を任される。
昇給する。
転職するときには、それまでの経験が評価される。
そんなキャリアの階段があります。
ところが、その最初の入口に入れなかったらどうなるでしょう。
「正社員経験○年以上」
「実務経験必須」
そんな条件が次の入口に現れます。
経験を積みたくても、
「経験がないから採用されない」
ということが起こります。
その間にも年齢は上がっていきます。
20代の問題だったものが30代になり、
30代の問題だったものが40代になり、
気がつけば50代が見えてくる。
だから就職氷河期の問題は、
過去の不況ではなく、現在まで続いている問題
なのだと思います。
企業にも社会にも事情はあった。でも、それと個人の責任は別だと思う
もちろん、当時の企業にも事情はあったでしょう。
バブルが崩壊し、景気の先行きが分からない。
会社を存続させるために採用を減らした企業もあったと思います。
だから私は、
「全部企業が悪かった」
「全部政府が悪かった」
という単純な話にもしたくありません。
ただ、それと、
「だから就職できなかった本人が悪かった」
は、まったく別の話です。
社会全体で起きた大きな経済変化によって、ある年代の若者たちの入口が極端に狭くなった。
その影響が何十年も残った。
ならば、それを個人の努力だけで説明することにも無理があります。
そして今になって、「人がいない」と言われる
これは少し皮肉な話です。
若者がたくさんいた時代には、
「代わりはいくらでもいる」
と言われました。
採用を減らし、人を育てる余裕も減らした。
ところが年月が経って、
「中堅社員がいない」
「技術を継承する人がいない」
「介護職が足りない」
「建設業が人手不足だ」
「教員が足りない」
という話を聞くようになりました。
あのとき採らなかった人たちは、消えてしまったわけではありません。
そのまま年を取りました。
私たちはずっと、ここにいます。
それでも、もう一度「自己責任」にされてしまう
そして40代、50代になった今、
「若いころもっと努力しておけばよかった」
「資格を取っておけばよかった」
「転職すればよかった」
「貯金しておけばよかった」
と言われる。
もちろん、自分でできたこともあったと思います。
私自身、
「あのとき、こうしていれば」
と思うことはあります。
人生のすべてを社会のせいにするつもりもありません。
でも、
社会の問題だったものまで、全部自分のせいにする必要もない。
私は最近、そう思うようになりました。
この二つは両立するのだと思います。
「あなたの努力が足りなかった」で終わらせないために
政府も2019年から「就職氷河期世代支援プログラム」を打ち出しました。
それ自体が、
就職氷河期の問題を完全な個人の自己責任だけでは説明できない
ことを示しているようにも、私は感じます。
一方、今回読んだ記事では、50以上の支援策が用意されたものの、一部事業では予算の執行率が低く、支援と当事者のニーズとの間にずれがあることも指摘されていました。
制度を作るだけでは届かない人がいます。
そもそも制度を知らない。
申請方法が分からない。
何を相談していいのかも分からない。
長い間、
「自分で何とかしなさい」
と言われ続けてきた人ほど、助けを求めることそのものが難しいこともあると思います。
でも、ここからの人生まで奪われる必要はない
ここまで読むと、
「じゃあ、もう取り返せないじゃないか」
と思うかもしれません。
私も、ときどきそう思います。
20代には戻れません。
景気のよかった時代に新卒として就職し直すこともできません。
失った時間を取り戻すこともできません。
だからこそ私は、
過去を取り戻すことではなく、これからを少し生きやすくすること
を考えたいと思っています。
40代からでも、
働き方を変えることはできます。
使える制度を知ることもできます。
小さく貯金を始めることもできます。
自分に合わない働き方から少し距離を取ることもできます。
資格を取る人もいるでしょう。
副業を始める人もいるでしょう。
今の仕事を続けながら、無理を減らす方法を探す人もいるでしょう。
どれが正解ということではありません。
「あの頃の自分」に言ってあげたいこと
もし、あのころの自分に会えるなら。
私は、
「もっと頑張れ」
とは言わないと思います。
たぶん、もう十分頑張っていたから。
代わりに、
「全部あなたのせいではないよ」
と言いたい。
そしてもう一つ。
「でも、あなたの人生はそこで終わらないよ」
とも言いたいです。
社会の問題を自分だけの責任として抱え込まなくていい。
でも同時に、社会が変わるのを待つだけで、自分の残りの人生まで差し出す必要もありません。
過去をなかったことにはできない。
怒ってもいい。
悔しがってもいい。
「あの時代はおかしかった」と言ってもいい。
そのうえで、
これからの自分を少し楽にするために、今の自分にできることを一つずつ探していく。
私は、それでいいのだと思っています。
「わたしから。」として、この先を書いていきたい
このサイトでは、就職氷河期について、誰かを責めるためだけに書くつもりはありません。
私が知りたいのは、
「じゃあ、私たちはこれからどうすればいいの?」
ということだからです。
40代、50代からの働き方。
お金のこと。
年金や福祉制度。
心や身体を壊さない働き方。
転職。
資格。
副業。
一人で抱え込まないための支援。
そして、
「普通の人生」から少し外れてしまったように感じている人が、もう一度自分の人生を組み立てていく方法。
そんなことを、これから一つずつ調べ、私自身の経験も交えながら書いていきたいと思っています。
20代には戻れない。
だからこそ、
これからの時間まで「自己責任」という言葉に渡してしまわないために。
「わたしから。」は、そこから始めたいと思っています。