「選ばなければ仕事はあった」と言われるたび、少し苦しくなる――就職氷河期を生きた私たちへ

「就職氷河期でも、仕事を選ばなければ働けた」

そんな言葉を、今でもときどき目にします。

確かに、当時、日本から仕事がすべてなくなったわけではありません。

工場もありました。

建設もありました。

物流、介護、小売、外食、営業など、いろいろな仕事がありました。

だから、

「仕事はあったでしょう?」

「正社員にこだわらなければよかったのでは?」

「仕事を選んでいたから就職できなかったのでは?」

と言われてしまう。

でも私は、この言葉を見るたびに少し苦しくなります。

私は、実際にその時代を生きてきたからです。

そして今になって当時のことを振り返ると、どうしても思うのです。

「仕事が存在していた」ということと、「若者が安心して人生を築いていける雇用機会が十分にあった」ということは、本当に同じなのだろうか。

私は、同じではないと思っています。


私たちは「仕事を選びすぎた世代」だったのでしょうか

就職氷河期について調べていると、

「ホワイトカラーの仕事にこだわったからだ」

「ブルーカラーなら仕事はあった」

という意見を目にすることがあります。

でも、当時の若者がみんな、冷暖房の効いたオフィスでスーツを着て働くことだけを望んでいたのでしょうか。

そんなことはありません。

建設業へ進んだ人もいました。

工場で働いた人もいました。

物流、介護、警備、小売、外食などへ進んだ人もいました。

正社員になれず、派遣やアルバイトなどで働いた人もいました。

生活するために、目の前にある仕事を選んだ人はたくさんいたと思います。

それでも、就職氷河期という問題は残りました。

だとしたら、

「本人たちが仕事を選んだから」

だけでは説明できない何かがあったのではないでしょうか。


数字を見ても、社会への「入口」が狭かった時代

当時のことを考えるうえで、一つ分かりやすい数字があります。

有効求人倍率です。

簡単にいえば、仕事を探している人に対して、どのくらい求人があるのかを見る指標です。

1倍なら、単純化すると求職者1人に対して求人1件。

1倍を下回れば、求職者より求人のほうが少ない状態です。

私が読んだ資料では、1993年から2004年までの期間、有効求人倍率が1倍を超えない状況が続き、1999年5月・6月には0.46倍まで落ち込んでいたことが紹介されていました。

もちろん、有効求人倍率だけですべてを語ることはできません。

ハローワークを通さない求人もあります。

地域による違いもあります。

職種による違いもあります。

一人ひとりが経験した就職活動も違います。

それでも、

そもそも求人より求職者のほうが多かった時代が長く存在した

という背景は、無視できないと思うのです。


「選ばなければ仕事はあった」の“選ばなければ”とは何だったのだろう

私はここを、もう少し考えてみたいと思います。

仮に、

「選ばなければ仕事はあった」

が事実だったとして。

では、その**「選ばない」**とは、どこまでのことなのでしょう。

給料を選ばない。

労働時間を選ばない。

休日を選ばない。

仕事内容を選ばない。

雇用形態を選ばない。

将来性を選ばない。

職場環境を選ばない。

場合によっては、どんな扱いを受けるのかさえ選べない。

それでも、

「働けるだけありがたいと思いなさい」

ということなのでしょうか。

もちろん、どの時代にも大変な仕事はあります。

すべての企業が悪かったわけでもありません。

厳しい環境の中でも、人を大切にしていた会社はあったでしょう。

ただ、

「生きるためなら、どんな条件でも受け入れればよかった」

というところまでいってしまうと、私は少し違うと思います。

働くことは、ただ今日の食費を稼ぐことだけではありません。

経験を積む。

技術を身につける。

収入を少しずつ上げる。

生活を安定させる。

貯金する。

住む場所を決める。

家庭を持ちたい人なら、その準備をする。

老後に備える。

仕事は、その後の人生につながっています。

だから、

「その日に働く場所があった」ということと、「人生を築いていける雇用があった」ということは別なのではないか。

私はそう思っています。


私自身も、あの時代の中にいました

これは統計だけを見て書いている話ではありません。

私自身が就職氷河期世代です。

そして私の場合、仕事の問題だけでは終わりませんでした。

20代のころ、職場でパワーハラスメントや性的な被害を経験しました。

その後、心の調子を崩し、うつ病、PTSD、社会不安障害と診断されました。

さらに30代を過ぎてから、発達障害の診断も受けました。

そこで初めて、

「どうして私は、みんなができているように見えることが、こんなに難しかったんだろう」

と思っていたことの一部に、名前がつきました。

もちろん、私の経験が就職氷河期世代全員の経験ではありません。

氷河期の中でも順調にキャリアを築いた人はいます。

結婚した人もいます。

家を買った人もいます。

十分な収入や資産を築いた人もいます。

だから私は、

「氷河期世代はみんな不幸だった」

と言いたいわけではありません。

でも逆に、

うまくいかなかった人をすべて「本人の努力不足だった」とすることも違う。

そう思っています。


一つのつまずきだけではなかった人もいる

私が「わたしから。」でこれから書いていきたいのは、実はここです。

人生が苦しくなる理由は、一つとは限りません。

就職氷河期だった。

就職がうまくいかなかった。

やっと入った職場の環境が悪かった。

そこで心身を壊した。

キャリアが途切れた。

非正規になった。

収入が上がらなかった。

十分な貯金ができなかった。

後になって発達特性が分かった。

家族を頼れない事情がある。

住んでいる地域では、必要な支援へ簡単にアクセスできない。

そして気がついたら40代、50代になっていた。

一つひとつだけを取り出せば、

「こうすればよかった」

と言えるのかもしれません。

でも実際の人生では、いくつもの条件が重なります。

私は、ここを「自己責任」の一言で終わらせたくありません。


新卒時のつまずきは、その一年だけで終わらない

就職氷河期の問題について、

「もう20年以上前の話でしょう?」

と思う人もいるかもしれません。

でもキャリアは、積み重なっていくものです。

新卒で会社に入る。

仕事を教えてもらう。

実務経験を積む。

少しずつ責任のある仕事を任される。

昇給する。

転職するときには、それまでの経験が評価される。

ところが、最初の入口に入れなかったらどうなるでしょう。

次に応募した会社では、

「経験者募集」

と言われる。

経験を積みたくても、

経験がないから採用されない。

その間にも年齢は上がります。

20代で生じた小さな差が30代になり、

30代の差が40代になり、

収入、貯蓄、年金、住居など、別の問題にもつながっていくことがあります。

だから就職氷河期は、

昔の就職活動の思い出だけではない。

現在の40代・50代の暮らしまでつながっている問題として考える必要があるのだと思います。


「社会が悪い」で終わりたいわけでもありません

ここは、とても大切なので書いておきたいと思います。

私は、

「人生がうまくいかなかったのは全部社会のせいだ」

と言いたいわけではありません。

自分自身の選択もありました。

もっと違う方法があったかもしれません。

振り返れば、

「あのときこうしていれば」

と思うこともあります。

でも、

自分に責任がある部分が存在することと、社会的な背景が存在したことは両立します。

0か100かではありません。

個人の選択について考えることもできる。

同時に、当時の雇用環境について考えることもできる。

どちらか一方を消す必要はありません。

私が嫌なのは、

「あなたが選ばなかったから」

という言葉によって、社会側に存在した問題までなかったことにされてしまうことです。


過去を知ることは、誰かを恨み続けるためではない

では、どうして今さら就職氷河期について考えるのでしょう。

過去は変えられません。

20代には戻れません。

もう一度新卒になることもできません。

それでも私は、過去を知ることには意味があると思っています。

なぜなら、

「全部、自分がダメだったからだ」

と思っている人がいるからです。

もし、その中に社会的な要因があったのなら、それを知るだけでも自分を見る目は少し変わります。

「あのころの私は、努力が足りなかっただけではなかったのかもしれない」

そう思えるかもしれません。

これは責任逃れではありません。

これからの人生を考えるために、過去を正しく理解することです。


それでも、これからの人生まで諦めたくない

ここまで書いてきて、最後に私が一番伝えたいのは、このことです。

社会の問題があった。

理不尽なこともあった。

失ったものもある。

それを無理に、

「全部いい経験だった」

なんて思わなくてもいいと思います。

悔しかったら悔しい。

悲しかったら悲しい。

「あの時代はおかしかった」

と言っていい。

でも、

これからの人生まで、その時代に渡してしまう必要はない。

20代には戻れなくても、これからの働き方は考えられます。

大きな資産がなくても、今から家計を整理することはできます。

家族だけを頼れなくても、制度や医療、福祉、地域、民間サービスなどを組み合わせて、別のセーフティネットを作ることはできます。

自分に合わない「普通」を追い続けるのではなく、

今の自分に合う人生を組み直す。

私は、それを始めたいと思っています。


「選ばなければ仕事はあった」と言われたとき、今の私が思うこと

確かに、仕事はありました。

働いた人もたくさんいました。

必死に生きてきた人もたくさんいました。

だからこそ私は、

その人たちが頑張らなかったことにしてほしくない。

と思います。

ブルーカラーで働いた人も。

ホワイトカラーで働いた人も。

非正規だった人も。

正社員になった人も。

途中で心や身体を壊した人も。

キャリアを作れなかった人も。

それぞれ違う人生があります。

そして、その結果を20年以上経ってから、

「あなたが選んだからでしょう」

だけで説明するのは、あまりにも簡単すぎます。

私たちに必要なのは、

過去を美化することでも、

誰かを永遠に責め続けることでもなく、

何が起きていたのかを知ったうえで、今から何ができるのかを考えること。

なのだと思います。


これからを、わたしから。

「こんなはずじゃなかった」

と思うことがあります。

それでも、人生はまだ続いています。

だから「わたしから。」では、就職氷河期について過去を振り返るだけではなく、

40代・50代からの働き方。

暮らし。

お金。

年金。

福祉制度。

住まい。

家族を頼れない場合の備え。

心や身体を守りながら働く方法。

そうした、

「では、これからどうする?」

について、一つずつ考えていきたいと思っています。

人生を一気に取り戻すことはできないかもしれません。

でも、今日一つ困りごとを減らすことはできる。

明日の選択肢を一つ増やすこともできる。

過去に何があったのかを知る。

必要以上に自分を責めない。

そして、今の自分に残されている選択肢を探す。

それが私の考える、

「人生を組み直す」ということです。

過去をなかったことにはしない。

でも、これからまで諦めない。

これからを、わたしから。