40代、社会的弱者になって初めて知った「助けを求めるにも力がいる」ということ――制度があるのに使えない人たち
「困ったときは、誰かに相談してください」
よく聞く言葉です。
私も以前なら、
困ったら役所へ行けばいい。
病気になったら病院へ行けばいい。
仕事に困ったらハローワークへ行けばいい。
生活できなくなったら福祉制度を調べればいい。
そんなふうに、どこかで思っていたかもしれません。
でも、自分自身が人生の途中で立ち止まり、社会的に弱い立場になってみると、見えてくるものがあります。
助けを求めることそのものに、かなりの力が必要なのです。
制度を調べる。
自分が対象なのか理解する。
相談窓口を探す。
電話する。
予約する。
知らない人に自分の状況を説明する。
必要書類を集める。
申請書を書く。
役所へ行く。
場合によっては、別の窓口を紹介されて、また最初から説明する。
元気なときなら、できるかもしれません。
でも、本当に困っているときほど、それが難しくなります。
だから今回は、
「なぜ制度があるのに、困っている人ほど制度を使えないことがあるのか」
を考えてみたいと思います。
これは「本人がもっと積極的になればいい」という話ではありません。
むしろ、
助けを必要としている人ほど、助けを取りに行く力を失っていることがある。
そこを社会の側も、私たち自身も知っておく必要があるのではないでしょうか。
- 社会的弱者とは「弱い人」のことではない
- 「制度があるじゃない」は、半分正しくて半分足りない
- 本当にしんどいとき、人は「検索」すらできないことがある
- 電話一本が、とても高い壁になる人もいる
- 制度を使うために、なぜこんなに説明しなければならないのだろう
- 「申請できる人」だけが制度を使えるという矛盾
- 障害がある人には「相談するための支援」もある
- お金の問題も、「家計簿を完璧につけてから」ではない
- 「働けません」と言えるまでにも時間がかかる
- 40代になると「今さら助けてと言えない」も出てくる
- 「助けて」と言えないなら、もっと小さな言葉でいい
- 制度を使うことは「自立を諦めること」ではない
- 本当に必要なのは「制度一覧」だけではない
- これから「わたしから。」でやりたいこと
- 今日できることは「制度を申請する」ではなくていい
- まとめ|助けを求められない人ほど、助けが必要なことがある
社会的弱者とは「弱い人」のことではない
まず、ここは誤解されたくないところです。
この記事でいう「社会的弱者」は、
能力がない人。
努力しない人。
社会に適応できない人。
という意味ではありません。
たとえば、
病気になった。
障害がある。
仕事を失った。
収入が低くなった。
非正規雇用が続いた。
離婚した。
家族を頼れない。
住まいが不安定になった。
こうした事情が一つ、二つ、三つと重なることで、
「自分で選べる選択肢」が少なくなってしまった状態
を、ここではそう呼びたいと思います。
一つだけなら乗り越えられたことでも、複数重なると難しくなります。
厚生労働省も、生活困窮者自立支援制度が作られた背景について、生活に困っている人は経済的な問題だけでなく、社会的孤立など多様な問題を抱え、それらが複雑に絡み合っている場合があると説明しています。
つまり国の制度そのものが、
「困っている人の問題は一つとは限らない」
ことを前提に作られているのです。
「制度があるじゃない」は、半分正しくて半分足りない
日本には、さまざまな公的制度があります。
生活に困ったとき。
住まいを失いそうなとき。
仕事が見つからないとき。
障害があるとき。
働きたいけれどすぐには働けないとき。
家計が崩れてしまったとき。
それぞれ支援制度があります。
たとえば厚生労働省の生活困窮者自立支援制度では、生活に困っている人に対して、仕事、住まい、家計などの支援を行っています。
さらに自立相談支援事業では、相談者の状況を聞き、必要な支援を一緒に考えて、具体的な支援プランを作る仕組みがあります。
制度は、確かにあります。
だから、
「日本には何の支援もない」
と言ってしまうのも違います。
でも一方で、
制度が存在することと、その人が制度を実際に利用できることは同じではありません。
ここに大きな壁があります。
本当にしんどいとき、人は「検索」すらできないことがある
たとえば、仕事で心身ともに限界になったとします。
朝起きるだけで精いっぱい。
仕事へ行くだけで力を使い切る。
帰宅したら動けない。
休日は寝て終わる。
頭の中は、
「明日も仕事だ」
ということでいっぱい。
そんな状態で、
「自分が利用できる福祉制度について調べよう」
と思えるでしょうか。
検索窓に何を入れればいいのかさえ分からないことがあります。
「生活困窮者自立支援制度」
「障害者相談支援事業」
「住居確保給付金」
「自立相談支援機関」
制度を知っている人なら検索できます。
でも、
制度を知らない人は、制度名を検索できません。
これは、かなり大きな情報格差だと思います。
だから、
「ネットに全部書いてある」
だけでは届かない人がいます。
電話一本が、とても高い壁になる人もいる
「分からなかったら電話で聞けばいい」
これも、元気なときには簡単に聞こえます。
でも、
電話が苦手。
人に説明することが苦手。
緊張すると言葉が出なくなる。
何を聞けばいいのか整理できない。
相手の説明を一度で理解できない。
そんな人にとって、
「まず電話してください」
は、意外と高い壁です。
さらに精神的に弱っていると、
「こんなことで電話していいのかな」
「もっと大変な人がいるのでは」
「迷惑だと思われないかな」
と考えてしまうこともあります。
結果として、
相談しない。
そして状況がさらに悪くなる。
これは珍しいことではないと思います。
制度を使うために、なぜこんなに説明しなければならないのだろう
相談窓口へ行くと、
現在の収入。
仕事。
家族。
住居。
病気。
これまでの経緯。
困っていること。
いろいろなことを説明する必要があります。
もちろん、支援する側にも情報が必要です。
でも相談する側にとっては、
自分の人生で一番つらかった部分を、初対面の人に説明する作業
でもあります。
そして、
「それはこちらではありません」
「○○課へ行ってください」
と言われたら、また説明する。
次の窓口でも説明する。
さらに別の機関でも説明する。
一回話すだけでも苦しい人が、
何度も自分の人生を説明しなければならない。
これは想像以上に疲れます。
だからこそ現在の福祉政策では、一つの機関だけでは対応できない複雑な問題について、複数の支援機関が連携する考え方が重視されています。
厚生労働省の「重層的支援体制整備事業」では、福祉、介護、保健医療、住まい、就労、教育、社会的孤立などを含む複雑な問題について、属性を問わず相談を受け止め、必要に応じて複数の機関が役割分担して支援する仕組みが示されています。
これは裏を返せば、
一人の困りごとを、一つの窓口だけでは解決できない場合がある
ことを国も認識しているということだと思います。
「申請できる人」だけが制度を使えるという矛盾
福祉制度の多くは、自分から相談したり申請したりすることで利用につながります。
たとえば障害福祉サービスでも、相談、申込み、利用申請、サービス等利用計画案など、一定の手続きを経て支給決定へ進みます。
これは、公平に制度を運用するために必要な仕組みでもあります。
でも、ここに難しさがあります。
一番支援を必要としている人が、
書類を整理できない。
電話できない。
役所へ行けない。
自分の困りごとを説明できない。
そもそも制度を知らない。
という状態だったらどうでしょう。
支援が必要だから動けないのに、支援を受けるためには動かなければならない。
この矛盾があります。
だから私は、
「制度があるのだから使えばいい」
という言葉だけでは足りないと思っています。
必要なのは、
制度そのものだけではなく、制度まで一緒に歩いてくれる人
なのかもしれません。
障害がある人には「相談するための支援」もある
ここは、知っておいてほしいことです。
障害のある人への相談支援制度があります。
厚生労働省によると、市町村などの障害者相談支援事業では、福祉サービスを利用するための情報提供や相談、社会資源を利用するための支援、専門機関の紹介などが行われています。
さらに、障害福祉サービスを利用する際などには、計画相談支援としてサービス等利用計画の作成や、その後の見直しを支援する仕組みもあります。
つまり、
「自分一人で全部の制度を理解して、全部のサービスを組み立てなければならない」わけではありません。
相談しながら整理する仕組みがあります。
制度名を完璧に覚える必要もありません。
「何を使えばいいか分からない」
という状態そのものを相談していいのです。
お金の問題も、「家計簿を完璧につけてから」ではない
生活に困っているとき、
家計がぐちゃぐちゃになっていることがあります。
何にいくら払っているのか分からない。
請求書を見るのが怖い。
カードの支払いがある。
税金が払えていない。
家賃も心配。
そんな状態だと、
「ちゃんと整理してから相談しよう」
と思ってしまいます。
でも、厚生労働省の生活困窮者自立支援制度には「家計改善支援事業」があります。
家計の状況を見えるようにし、問題を整理し、必要に応じて他の機関につなぐところまで支援する仕組みです。
つまり、
家計をきれいにしてから相談するのではありません。
家計が整理できないから相談していいのです。
ここは、とても大事なところだと思います。
「働けません」と言えるまでにも時間がかかる
仕事についても同じです。
働くことがつらくなった人に、
「次の仕事を探しましょう」
と言っても、すぐ動けるとは限りません。
人と会うのが怖い。
生活リズムが崩れている。
長期間働いていない。
コミュニケーションに強い不安がある。
そういう人もいます。
生活困窮者自立支援制度には、すぐ一般就労することが難しい人に向けた「就労準備支援」や、個人に合った作業機会から始める「就労訓練」という仕組みもあります。
つまり、
0か100かではありません。
明日からフルタイムで働けないなら終わり、ではない。
働く前の段階から支援する制度もあります。
40代になると「今さら助けてと言えない」も出てくる
20代なら、
「まだ若いから」
と言えたかもしれません。
でも40代になると、
「この年齢なのだから自分で何とかしなければ」
という気持ちが出てきます。
同級生は家を買っている。
子どもがいる。
管理職になっている。
貯金もある。
それなのに自分は、
役所へ生活相談?
福祉?
就労支援?
そんなふうに思ってしまうことがあります。
でも、人生にはいろいろなことがあります。
就職氷河期。
非正規雇用。
低賃金。
病気。
障害。
ハラスメント。
離職。
離婚。
介護。
家族との関係。
それらは、一人の努力だけで完全に防げるものではありません。
40代で支援が必要になることは、
人生に失敗した証明ではありません。
40代まで何とかやってきた人が、これからも生活を続けるために使う仕組み
だと考えてもいいのではないでしょうか。
「助けて」と言えないなら、もっと小さな言葉でいい
私は、
「困ったら助けてと言いましょう」
という言葉にも、少し難しさを感じます。
「助けて」
は、とても大きな言葉だからです。
だから、もっと小さくていいと思います。
「何をしたらいいか分かりません」
「制度がよく分かりません」
「生活が少し苦しくなっています」
「仕事を続けられるか不安です」
「自分が何に困っているのか整理できません」
これでも十分です。
相談とは、
完成した相談内容を持っていく場所ではありません。
何が問題なのかを一緒に整理することも、相談の一部です。
厚生労働省が案内する生活困窮者の自立相談支援でも、支援員が相談を受け、必要な支援を相談者と一緒に考え、具体的な支援プランを作る仕組みになっています。
だから、
「うまく説明できません」
から始めてもいいのです。
制度を使うことは「自立を諦めること」ではない
福祉を使う。
相談支援を使う。
家計支援を使う。
就労支援を使う。
そうすると、
「人に頼って生きることになる」
と感じる人もいるかもしれません。
でも私は、むしろ逆だと思います。
一人ですべて抱えて倒れてしまうより、
必要なところを支えてもらいながら、
自分で暮らしを続ける。
それも自立です。
自立とは、
誰にも頼らないことではなく、自分の生活を続けるために必要なものを選べること
なのかもしれません。
本当に必要なのは「制度一覧」だけではない
ここまで調べてきて、私は一つ思うことがあります。
制度を紹介するだけの記事なら、すでにたくさんあります。
でも本当に困っているとき、
100個の制度一覧を渡されても動けないことがあります。
必要なのは、
「今のあなたなら、まずここから」
なのではないでしょうか。
仕事もお金も住まいも全部不安なら、
まず生活全般の相談。
障害に関する生活や福祉サービスなら、
市町村などの障害者相談支援。
家計が分からなくなっているなら、
家計改善支援。
すぐ働くことが難しいなら、
就労準備支援。
一つでいいのです。
そこから次につないでもらう。
厚生労働省が進める包括的な支援でも、複雑な問題について複数の支援機関が役割を分担する考え方が示されています。
だったら相談する側まで、
すべての制度を理解してから行く必要はないはずです。
これから「わたしから。」でやりたいこと
だから「わたしから。」では、
「○○制度があります」
だけで終わらせたくありません。
制度名。
対象者。
申請方法。
それだけではなく、
「今、動く力があまり残っていない人が、最初の一歩をどうすればいいか」
まで書いていきたいと思っています。
難しい行政用語は、できるだけ普通の言葉にする。
数字が出てきたら、
「つまり、生活ではどういう意味?」
まで考える。
制度が複数あるなら、
「どこから相談すればいい?」
を整理する。
電話が苦手な人なら、
相談するときに何をメモしておけばいいかを書く。
自分で説明するのが難しい人なら、
見せるだけで済む「相談メモ」を作る。
制度を利用できなかった場合には、
次にどこへ行けばいいかまで探す。
制度と人との間に、小さな橋を架ける。
そんな記事を増やしていきたいと思います。
今日できることは「制度を申請する」ではなくていい
この記事を読んで、
「私も何か相談したほうがいいのかな」
と思った人へ。
今日、役所へ行かなくても構いません。
申請書を書かなくてもいい。
電話もしなくていい。
まずスマートフォンのメモに、
「今、困っていること」
と書いてみてください。
その下に、
仕事。
お金。
住まい。
健康。
家族。
の5つを書きます。
そして一番困っているものに○をつける。
それだけです。
たとえば、
仕事 △
お金 ○
住まい △
健康 ○
家族 △
でもいい。
きれいに整理する必要はありません。
それが、
「助けて」の一歩手前
になります。
まとめ|助けを求められない人ほど、助けが必要なことがある
社会的に弱い立場になって、初めて分かることがあります。
制度を探すのにも力がいる。
電話するのにも力がいる。
役所へ行くのにも力がいる。
自分の人生を説明するのにも力がいる。
書類を書くのにも力がいる。
そして、
「私は困っています」と認めることにも力がいる。
だから、
制度があるのに使わなかった。
相談しなかった。
もっと早く助けを求めなかった。
それだけを見て、
「本人にも責任がある」
と簡単に言うことはできないと思います。
もしかすると、その人には、
助けを求めるために必要な力さえ残っていなかった
のかもしれません。
だから社会には、
制度を作るだけではなく、
そこまでたどり着けない人を見つける仕組みも必要です。
実際、現在の福祉政策では、一つの制度だけでは対応しにくい複雑な問題を抱える人について、属性を問わず相談を受け止め、複数機関で支える包括的な仕組みづくりも進められています。
そして私たち自身も、
完璧に説明できるまで待たなくていい。
どの制度を使うか決めてから相談しなくていい。
「何をしたらいいか分からない」
それを、そのまま持っていっていい。
人生の途中で、
働けなくなることもある。
お金がなくなることもある。
病気になることもある。
障害が分かることもある。
家族を頼れなくなることもある。
社会的に弱い立場になってしまうこともあります。
でも、
弱い立場になったことと、人生の価値が下がることは別の話です。
一人で抱えられなくなったら、
一人で抱えない仕組みに変えていく。
制度を使う。
人につながる。
生活を小さく組み直す。
働き方を変える。
そして、また少しずつ生活を作っていく。
それも立派な「人生の立て直し」なのだと思います。
助けを求める力が残っていない日には、
「助けて」と言えなくてもいい。
まず、
「分からない」
と言うところから。
そこからつながる道を、一緒に探せる社会であってほしい。
そして「わたしから。」も、その道を見つけるための小さな地図になれたらと思っています。
これからを、わたしから。