1. 身体の奥に残る熱と、透明な膜

朝、目覚めると、頬の深いところにまだぽっぽりと小さな熱の塊が残っているのが分かった。

二日前の夏の日。 湿度の高いトリミング室で、温かい風を出すドライヤーを三時間以上もあて続けていた。

気温は二十六度から二十八度くらいだったけれど、湿度は八十パーセントを超えていて。 まるで、ぬるい水滴で満たされた大きな水槽の中に、すっぽりと沈んでいるかのようだった。

そのあとも湿気が籠もる室内で、冷たくて硬いステンレスの扉を何枚も水で洗い流した。

家に帰り、次の日に予定していた内海海岸へのサイクリングのために自転車を車に積み込んだ。 けれど、部屋に入った瞬間、何度も冷たい水で顔を洗いたくなるような猛烈な火照りが襲ってきた。

頭の奥がズキンと重く痛み、指先がかすかに痺れている。

「これは熱中症かもしれない」 そう思って、アイスノンに頭を預け、おでこに冷えピタを貼って横になった。

けれど翌朝、七時を過ぎても身体は鉛のように重く、起き上がることができなかった。

頭の激しい痛みは引いていたものの、頬にはまだ熱が残り、手先の痺れも消えない。 結局サイクリングは中止にしてもらい、近所の病院へ行って点滴を打ってもらうことにした。

腕の血管を通って流れ込んでくる液は、驚くほどひんやりと澄んでいて、体内に残っていた焦げつくような熱をすーっと撫で下ろしてくれた。

それから痺れは取れたものの、泥のように重い倦怠感に包まれて夜の七時まで眠った。

すこしだけ夕飯を食べ、おでこと、太い血管のある脇の下、太ももの内側に冷えピタを貼り直して、また深い眠りに落ちていった。

金曜日の朝。 久しぶりに目覚まし時計の澄んだ音と同時に起き上がることができた。

けれど、頭の中にはまだ、洗面所の鏡が曇っているときのような、不透明で重たい疲労がのこっていた。

言葉をうまく処理できなくて、電話を控えるべき静かな場所で通話ボタンを押してしまったり、外履きの靴を履いたままうっかり部屋の中を動き回ってしまったりする。

普段から発達障害の薬を飲んで自分の輪郭を保っているけれど、体調が揺らぐと焦りが輪をかけて大きくなり、小さなミスの粒が指先からぼろぼろとこぼれ落ちてしまう。

世間という場所は、誰もが一定の速度と規則正しさを持って、滑らかに動いているように見える。

しかし、私の身体と頭は、ときどきその滑らかな回転から外れて、少しだけ浮き上がってしまう。 そのたびに、世間の整然とした日常と、私のいるこの場所との間に、一枚の薄く硬い透明な膜がすっと立ち現れるのを感じる。

その透明な膜は、私を外側の正しい世界から隔ててしまう冷たい壁のようでもあるけれど、同時に、不器用で傷つきやすい私をそっと守ってくれるシェルターのようでもある。

膜の外側で飛び交う素早い言葉や正論を静かに弾き返し、私はその内側で、ゆっくりとしか動けない自分の呼吸を確かめる。

無理にその膜を破って外へ飛び出そうとしなくてもいいのかもしれない。 私は私の速度で、ゆっくりと息を吸って吐けばいい。

2. ぬくもりをチャージする朝と、小さな手元

土曜日の今日は、朝から夕方までびっしりとトリミングの予約が入っている。

「がんばらなければ」 とキュッと固くなりそうになる胸の真ん中に、やわらかい風を通すように息を吐く。

焦って動こうとすると、身体はますます思い通りにならなくなってしまうから。 まずはこの散らかった頭と心を、小さな手仕事とぬくもりで静かに整えていくことにする。

夏とはいえ、冷えピタや氷で冷やし続けた身体には、少しだけあたたかいものが心地いい。 常温の水にプロテインとお湯を足して、ぬるい液体を静かに体の中へと流し込む。

「もも、おいで」

ソファーの定位置に座り、トイプードルのモモを呼ぶ。 跳ねたボールのようにやってくると、膝の上に乗って、私の二の腕に顎をのせ、全体重を預けてきた。

モモの体温がじんわりと伝わって、腕を通って胸の奥へと届いていく。 束の間のぬくもりを心にチャージして、職場へと出勤する。

それからは、時間との勝負だ。 受け入れを済ませ、自分を整えると、私はトリミング室という小さな世界に深く潜り込む。

ステンレスでできた冷たく硬質なハサミ。 手触りも柔らかさも違う、いくつものブラシ。 目の前で向き合うその子の存在だけに、意識をすーっと集中させていく。

大きな数字を扱うことや、世間が求める素早い立ち回りは、私には少し難しい。 けれど、この手に馴染んだハサミを取り、目の前にある毛並みを丁寧に整えることならできる。

トリミング室で動物と向き合っている時間は、世間のスピードからそっと離れて、私だけの穏やかな時間に身を浸すことができる。

指先で、ハサミの滑らかな開閉の感触を確かめる。

手元を一つひとつ丁寧に整えていく作業は、乱れていた頭の中の小さな部屋を、ほうきで静かに掃き清めていく作業によく似ている。

頭の中のノイズが消えて、透き通った朝の空気のように心が澄み切っていくのを感じた。

3. 命のぬくもりと、あたたかな「またね」

トリミングで出会う動物たちは、言葉を持たないけれど、全身の毛並みと体温でたくさんのことを教えてくれる。

長年通ってくれているゴールデンレトリバーの子は、最近はずいぶんと痩せて、撫でると骨の形がはっきりと手に伝わるようになった。 歩くことひとつにも、全身の体力を振り絞っているのが見て取れる。

そして、病院には抗がん剤の治療を受けに通い始めて二年になる猫ちゃんがいた。

最近は身体の自由が利かなくなることが増えて、発作を起こしたり、自分の意図しないところで失禁してしまったりすることが多くなっていた。 診察台の上で小さく丸まるその背中にそっと触れると、皮膚のすぐ下で動いている生きている命の鼓動と、かすかな息遣いが伝わってきた。

命のタイムリミットが、静かに、けれど確実に近づいている。

「いつか来るもの」だと分かってはいても。 「まだもう少しだけ、あと少しだけ、この子と一緒にいさせてほしい」と願わずにはいられない。

人がそう願ってしまうのは、その子と過ごしてきた時間が、あまりにもあたたかく、かけがえのないものだったからだと思う。

日曜日。 その猫ちゃんは、ご家族全員が見守るなか、大切なベッドに優しく運ばれて病院へとやってきた。

ご家族と、先生と、スタッフみんなに見守られながら、穏やかに息を引き取った。

スタッフも、先生も、みんなボロボロと涙を流していた。 切なくて、寂しくて、たまらないけれど。でも、そこには溢れんばかりの愛と、家族みんなで包み込む温もりがあった。

トリミングに来てくれていた子が旅立ってしまうとき、私の心は削り取られるようにしんどくなり、胸の奥に小さな穴が空いてしまうことがある。

けれど、それでも私はハサミを握る。

身体が思うように動かなくなっても、毛が汚れてしまっても、飼い主さんはその子を心から愛している。 「さっぱりさせてあげたい」「気持ちよく過ごさせてあげたい」という飼い主さんの「してあげたい」という優しい願い。

その願いを私の手のひらを通してカタチにしてあげることこそが、その子にとっても一番の幸せなのだと信じている。

毛並みを整え、ハサミを滑らせながら、皮膚のぬくもりを感じる。 そこにあるのは、ただの作業ではなく、その子が生きている時間への静かな敬意と祈りだ。

「ありがとう。またね」 心の中でそう呟きながら、私はその温かな記憶を、そっと胸の奥に抱きしめる。

4. 私のスピードで、明日へつなぐ

今日という日も、もしかしたら体調は万全ではないかもしれない。

ふとした拍子に焦ってしまったり、うまく言葉が出てこなくて小さく落ち込んだりすることもあるだろう。 けれど、それでいいのだと思う。

世間のスピードに完璧に合わせられなくても、私のペースでゆっくり歩いていけばいい。

身体が熱を持ったなら冷やし、疲れたなら泥のように眠る。 頭が混線してしまったら、夏は冷たい飲み物で春秋冬は温かいお湯を一口飲み、膝の上のモモを撫でて、ハサミを磨く。

世間との間にある透明な膜は、私を孤立させるためのものではなく、私が私らしく息をするためのやさしい境界線であり、シェルターだ。 時には寂しさやもどかしさもあるけれど、その膜の内側という息のしやすい領域で、私は大好きな動物たちの体温を感じ、彼らの大切な時間によりそう。

外からは朝の光が静かに差し込んできている。 ぎっちりと入った今日の予約を思うと、少しだけ胸が小さく波立つけれど、大丈夫。

焦らず、目の前の一頭一頭のぬくもりに向き合いながら、「シャキ、シャキ」とやさしい音を響かせよう。

完璧じゃない私だからこそできる、丁寧で温かい手仕事があるはずだ。

深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。 私自身の速度で、今日の第一歩を踏み出すために。